「ここどこだろ？」
　雅世ちゃんを探して裏山の森に入ったのはいいけれど彼女は見つかりません。ここまで一本道だから迷うことはないだろうけど森が深くなるにつれてだんだん心細くなって来ました。道も獣道みたいにはっきりとしない小道になって来ています。
　携帯の画面で時間を確認するとそろそろ五時になろとしていました。夏場でまだ陽は十分高いけど森の中は薄暗くなって不安が更につのります。早く雅世ちゃんを見つけないと夕食に間に合わなくなっちゃう。
　ふと気付くと水の流れる音がかすかに聞こえました。音を辿って小道から横を見ると森の合間から少し下に小川が見えます。ゆっくり歩きながら目をこらすとちらりと川岸に人が見えた様な気がしました。もしかして雅世ちゃん？でもここからは何本も木々が重なっていてよく見えません。
　私は道を外れて川へ向かって森に入りました。川岸へ続く斜面に差し掛かると木に手をかけて体重を支えながらゆっくりと歩を進めます。
「きゃっ」
　ですが、私はそこで足を滑らせてしまいました。
　ずざざざざ・・・・。
　斜面を滑り落ちてもう何がなんだか解らない状態で私は軽くパニックになっていました。

「あたたたた・・・・」
　気付くと私は川岸まで落ちてしまったみたいです。痛むお尻をさすりながら上体を少し起こすと目の前にはせせらぎが見えました。
　と、その時。
「大丈夫ですか？」
　背後から女の子の声がしました。
　慌てて身をよじって振り返ると麦わら帽子をかぶっておかっぱの髪を背中までたらした女の子がかがんで私を見下ろしています。まつ毛の長い大きな目がとても印象的でした。 年は十歳くらいかな。小柄な体に水色のワンピースのスカートがふわりとなびいているのが.何故か幻想的に美しく感じました。
「へいき、平気・・・」
「そう、よかったです」
　ちょっと強がって痛みを堪える私に女の子はにっこりと微笑みました。あれ？この顔はどこかで見た記憶が・・・。
「はい。顔が汚れてますよ」
　彼女が自分のほっぺたを指しながらもう一方の手でワンピースと同じ水色のハンカチを差し出してくれました。
「あ、ありがと」
　私はハンカチを受け取ると彼女が指してくれた方の頬に当てて拭きました。
「取れた？」
「ええ」
　すると女の子は私の手からやや強引にハンカチを持ち去るとワンピースのポケットに入れてしまいました。
「立てますか？」
　差し伸べられた彼女の手を見て私がまだ尻餅をついたままなのに初めて気がつきました。
「うっ！」
　女の子に手を引かれて私は立ち上がりましたがお尻とか背中があちこちが痛みます。体をさすっていると女の子が心配そうな顔で話し掛けて来ました。
「無理しないで早目にきちんと手当てした方がいいですよ」
　私が立ち上がったことで目線の高さが逆転したので女の子は私を見上げています。それにしても年の割りには大人びた話し方をする子だなぁ。私を見ている目も意志の強そうな瞳をしてるし。なんか引き込まれそうな深い色の大きな瞳が不思議な感じのする子です。
　ほんの数秒の間こうして私達はお互いを見つめ合っていました。ふと女の子が私の背後に視線を向けると軽く声を上げました。
「あ、将」
「え？」
　振り返るとそこには貴島先輩が立っていました。
「おや？柿崎じゃないか。どうしたんだ？こんなところで」
　なんでここに貴島先輩がいるんだろう？私は驚きを隠せませんでした。
「あの、雅世ちゃんを探していたら、あそこから足を滑らせちゃって。それでこの子が助けてくれたんです」
　どぎまぎしながらも手短に説明をすると先輩は気遣う様な表情をしました。
「それで怪我はなかったのか？」
「はい、かすり傷程度ですので平気です」
　私がそう答えると先輩は女の子の方を見ました。
「世話をかけたな、光里（ひかり）」
　この女の子は光里ちゃんっていうんだ。 先輩はこの子と知り合いなの？
「いいえ、大したことはしてないです。で、こちらの方は将のお知り合い？」
　光里ちゃんが私の方へ目線を向けると先輩も私の方に目線を戻すと女の子に紹介をしました。
「部活の後輩の柿崎だ」
「柿崎理沙です。よろしくね。さっきはありがとう」
　私は光里ちゃんに笑いかけました。
「どういたしまして。天河光里です。こちらこそよろしく」
「天河さん？」
　どこかで聞いた様な名前に私は疑問がわきました。
「あぁ、こいつは明里さんの妹なんだ」
　先輩の言葉になるほどと納得しました。さっき光里ちゃんの笑顔をどこかで見た様に思えたのは明里さんに似ていたからなんだ。姉妹なだから当たり前だよね。
「それで先輩こそここで何をしてたんです？」
「俺は光里の手伝いでね」
　私の質問に先輩は手に持っていた小さなプラスチック製のバケツを持ち上げました。中を覗くと青みがかかった小石が二十個くらい入ってました。光里ちゃんの足元を見ると同じ様なプラスチックのバケツが置いてあってそこにも青い小石がバケツの半分くらい入っていました。
「石を集めてたんですか？」
「ええ、綺麗でしょう？」
　光里ちゃんはかがんでバケツから小石を一つ取り出すと手の平に載せて私に差し出しました。よく見ると確かに淡い青色をして綺麗だけど、どこにでもある普通の石にも見えるなぁ。
「それでこの石をどうするの？」
　光里ちゃんは少し考える素振りをしてから答えました。
「えーとですね、お友達にプレゼントするんです」
「プレゼント？」
　石なんか貰って喜ぶ友達って？子供の考えることは解らないです。
　私が神妙な顔をしていると先輩が目の前に腕をぐっと伸ばして来ました。
「そんなことよりそろそろロッジに戻らないとメシの時間になるぞ」
「あ！」
　差し出された先輩の腕時計を見るとかなり時間が迫っていました。
「じゃぁな、光里。行くぞ、柿崎」
　先輩は持っていたバケツを光里ちゃんに渡すと森の方へ向かって川岸を大股で歩き出しました。
「光里ちゃん、またね」
　私は先輩を追う様に早足で歩きながら振り向いて光里ちゃんに手を振りました。すると彼女も手を振り返してくれました。

　森への斜面を先輩の手を借りながら昇って小道に戻り、そして先輩に手首を引かれながらロッジへ向かって走り出しました。森を抜けると一旦立ち止まって呼吸を整えます。
「ふぅ！ここまで来れば間に合うな」
「今日はこんなのばかりですね」
「ははは、まったくだ」
　私達は笑い声を上げると今度は普通の速度で歩き出しました。 しばらくは歩きながら部活の事とか雑談をしていると、ふと気が付いたことを私は尋ねてみました。
「光里ちゃんが明里さんの妹と言うことは二人とも先輩とは幼馴染みになるんですよね？」
「そうなるね。でもどうして幼馴染みだと判ったの？」
　不思議そうな顔をしてる先輩を見て私は勝ち誇った様な気持ちになりました。では種明かし。
「さっき明里さんに子供の頃、先輩と一緒に遊んだと聞きました」
「そうか、明里さんから聞いたのか・・・」
　先輩は懐かしむ様な笑みを浮かべて空を見上げました。
「明里さんと光里とは俺が小学校に上がる前からの付き合いなんだよ。三人でさっきの川とかでよく遊んだなぁ」
「へぇ、そうなんですか」
　私は感心しながらも何かが引っ掛かる様な気がしました。でも次の先輩の言葉でそんなことはすっぽり頭から抜けてしまいました。
「実は明里さんは俺の初恋の人なんだよね」
「えぇ!?」
　衝撃の告白です。やっぱりそう言うことなの？
「でもすっぱりフラれちゃったけどさ。ははは」
　先輩の笑いはどこか乾いた感じがしました。
「今でも好きなんですか？」
　うわ、私ったら何聴いてるんだろ？ストレート過ぎだよ。でも先輩はさして意に介してない様に切り返して来ました。
「うーん、どうだろ。なにせガキの頃の話だし。憧れてはいるけど好きってのとは違うかもね」
「そんなもんですか・・・」
　それからは二人とも無言で歩き続け気付いたらロッジの前まで来ていました。そう言えば雅世ちゃんはどうしたんだろ？はっと気付いて私は玄関に飛び込みました。
「それじゃ私は一度部屋に戻ります」
「またあとでな」
　先輩と別れると私は一目散で部屋に戻りました。勢い良くドアを開けると雅世ちゃんが一人でベッドに腰掛けていました。
「あ、お帰り理沙。遅かったね」
　私に気付いた雅世ちゃんは顔を上げました。少しは元気が戻ったのかな。
「雅世ちゃん、良かったー、戻ってたんだー」
　私は彼女に思わず抱き着いてしまいました。
「理沙どうしたの？ね？」
　雅世ちゃんは戸惑った顔をしています。
「さ、ご飯に行こう雅世ちゃん。もう時間だよ」
「う、うん」
　完全じゃないけどもう大丈夫そうだね。食堂へ向かう途中、明里さんと貴島先輩はただの幼馴染みで付合ってはいないことをかいつまんで彼女に話しました。光里ちゃんのことは意識的にぼかしてしまったのだけど。最初は鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしていた雅世ちゃんも食堂に着く頃には上機嫌になっていました。
　余談ながらその日の夕食で雅世ちゃんは三杯もお代りをしました。（笑）
　そして夕食後に一緒にお風呂に入ったのだけど川岸で転んだ時の傷にお湯がしみて痛いことこの上なかったんだよね。雅世ちゃんは呑気に鼻歌なんか歌って湯舟に浸かってたけど誰のせいだと思ってるんだー！