早朝。私は私鉄線の駅前で大きなバッグを持って立っていました。私の家と雅世ちゃんの家は線路をはさんで反対側にあるので二人ともこの駅が最寄りになるんだよね。今朝は雅世ちゃんとここで落ち合って一緒に集合場所であるターミナル駅へ向かう予定だったのだけど約束の時間になっても彼女がやって来ません。
　多少の余裕をもってターミナル駅に到着する当初の予定だったんだけど、いたずらに時間だけが過ぎていきます。携帯を取り出して画面を見ると次の電車に乗らないともう間に合わない時刻。メモリから雅世ちゃんの番号を呼び出してまさに発信しようとしたその時。目の前に乗用車が滑り込む様にして停まりました。そして助手席側のドアを開けて出て来たのは雅世ちゃんでした。
「ごめん、寝坊した」
「いいから早く行きなさい」
　運転席の男の人に急かされて雅世ちゃんはバッグを抱えて私の方へかけて来ます。車を運転してたのは雅世ちゃんのお父さんかな？
「さ、急ごう」
　私は車の中の人に向かってぺこりとおじぎをして雅世ちゃんの手首をつかむと改札へ向かって走りました。改札を抜けて階段を一気に昇りホームへ出ると既に電車が到着していました。私達が駆け込んだ直後ぷしゅっとドアが閉まり、ゆっくりと電車は走り出しました。ぎりぎりセーフ。
　二人ともぐったりとしてドアのすぐ側の座席にへたり込みました。早朝で空いていたのが不幸中の幸いです。
「おそいよー」
　私は肩で息をしながら抗議しました。
「ほんっとにゴメン」
　手を合わせたってこれは貸し一つなんだからね。
「今度、白樺のミルフィーユで手を打とうじゃないの」
　白樺ってのは学園の近くにある喫茶店で吹奏楽部員の御用達。紅茶と自家製ケーキがとっても美味しいのです。特にミルフィーユ等のパイ系が絶品。味に比例してお値段は若干高めなんだけどね。
「お手柔らかに、御代官さま・・・」
　雅世ちゃんはいつもより縮こまってしゅんとしていました。

　電車にゆられて20分程。その間、他愛もない会話をしているうちに終点のターミナル駅に到着。またも重いバッグを持って今度はＪＲの駅へ向かってダッシュ。もう集合時間になっちゃってるよ。列車の出発にはまだ間に合うだろうけど完全に遅刻だー（汗）
「よう！」
　ＪＲの改札を抜けると後ろから突然声をかけられました。
「急がないともう時間過ぎてるぜ」
　私達の横をバッグをかついだ人が猛スピードで追い抜いて行きます。あれは貴島先輩だ。私と雅世ちゃんも負けじと後を追って長距離列車のホームへ続く階段へ。
　えーと指定席の列車前に集合だからホームの前よりまで行かないといけないんだっけ。貴島先輩を先頭にホームを駆け抜けると乗車口の前に見知った顔が見えました。
「おー来た来た。急げよー」
　池田先輩が私達の顔を見て早く列車に乗り込む様に促しました。乗車口から半身を乗り出している長岡部長の姿も見えます。他の部員達は既に乗車している様です。
「わりい、待たせた」 「遅くなりました」「すみませーん」
　三者三様に謝ります。うんと頷くと部長は車内に消えました。
「これで全員揃ったね」
　そう言う池田先輩に続いて遅刻組の私達も乗車口をくぐりました。雅世ちゃんに付合ってるといつも慌ただしいことになっちゃうんだよなー。おかげで退屈はしないけど。
　最後に乗り込んだ私達３人は車両の一番端の余っていたボックスシートに着きました。窓側に私、向かいに雅世ちゃん。私の隣に貴島先輩。先輩の向いの席は空いています。
「いやー、なんとか間に合ったな」
　と荷物を網棚に押し込みながら貴島先輩。
「この子が寝坊なんかするから私までとばっちりですよ」
「理沙ったら！」
　私のツッコミに過剰反応する雅世ちゃん。ちょっと意地悪だったかな？
　なぜなら彼女は先輩に気があるみたいなんだよね。普段の素振りから私にはピーンと来ちゃうんだ。先輩の吹くトランペットの音が好きだとかことあるごとに気にかけてるんだもん。当人はばれてないつもりらしいんだけど見え見えだよ。一方、先輩はそんな雅世ちゃんの気持ちはさっぱり知らないんだよね。そりゃあ特にアプローチらしいことをしてるわけじゃ無いし。雅世ちゃんって意外と奥手なんだな。
「北沢って朝弱いの？俺も朝は苦手でさ」
「いえ、あの、奇遇ですね・・・あははは・・・」
　雅世ちゃんってば顔を赤くして照れてますよ。理由は解るけどね。
「ほいじゃ俺は一眠りっと」
　先輩はスニーカーを脱ぐと足を空き席に伸ばして腕を組んで目を瞑りました。
「もう、貴島先輩ったら！」
　雅世ちゃんはちょっと不満顔。折角同じ席になって少しでもお近づきになれるチャンスだったのに残念でした。
　ふと横を見ると先輩は既にすうすうと寝息をたてています。一方、雅世ちゃんはと言うとなんかニコニコしながら先輩の寝顔をじっと見つめてまんざらでもないみたい。これなら遅刻した甲斐があるってもんだよね。（苦笑）
　ほどなくして発車のベルが聞こえて来ました。そして私達を乗せた列車はゆっくりと北へ向けて動きだしました。いざ合宿へ！