私が早川学園に入って初めての夏がやって来ました。
　同じクラスになった雅世ちゃんに誘われて入った吹奏楽部でのここ数カ月間の活動は色々な意味で私の学園生活を充実させてくれたものでした。新しい仲間、初めて経験する音楽活動。その辺のことはまた別の機会があったら話すね。
　とにかく何もかもが楽しくて日々が過ぎるのがあっという間でした。
　そして１学期の期末試験が終了した７月中旬。明日からは試験休み。試験中は休止だった部活動も今日の午後の放課後から再開します。 一刻も早く部活に行きたいのだけどホームルームで担任の浜口先生が長々と休み中の注意事項なんかを話しているので私はイライラしていました。やっとホームルームが終ると一もニもなくお弁当箱の包みを持って席を立ちました。そして部活に行ったり帰宅しようとするクラスメイト達でざわついている教室の後方を見渡すと同じく席を立とうとしてる雅世ちゃんを見つけました。
「雅世ちゃん、音楽室行くよー」
「あたしは購買に寄ってくから先に行ってて」
「りょーかい」
　いつもはお弁当なのに今日は違うんだ。パンなんかじゃ部活に力入らないぞ！もっとも雅世ちゃんに言わせれば私の方が気合いが入り過ぎなんだそうだけど。いいじゃん吹奏楽が好きなんだから。でも、もっと巧くなりたいな。まだまだ未熟で下手くそだもんなぁ私は。雅世ちゃんは中学の時から吹奏楽やってるからそこそこ出来るけど初心者の私は人一倍練習しないと。
　教室を出ると廊下の先にある音楽室へレッツゴー！１年生の教室と同じ階に音楽室があるのはラッキー。普通に授業のある日でも昼休みに練習するのが私の日課なのでとても助かります。でも２年になったら上の階になるから、って今から心配してても仕方ないか（苦笑）
　早足で廊下を抜けて音楽室の前へ。入り口の引き戸を開けて中に入るとそこには先に誰かが来ていました。肩幅の大きい男子生徒とロングヘアの女子生徒が音楽室の一番後ろの机でぴったり寄り添ってお弁当を食べています。男子生徒は部長でトロンボーン担当の２年の長岡先輩、女子生徒はフルート担当の同じく２年の森川小百合先輩でした。うちの学校は一応進学校なので３年生は１学期で部活を引退して、つい先日２年の長岡先輩に部長が交代したばかりです。
　それはともかくこの二人は公認のカップルでいつ見ても仲が良いなぁ。今、長岡先輩が食べてるお弁当も小百合先輩の手作りかな？小百合先輩は綺麗だし、成績も良いし、フルートも巧いし、きっと料理も上手に違いない。私なんか絶対かなわないよ。もっとも私のお弁当はお母さんに作ってもらった物だから勝負以前の問題だけど。
「こんにちはです。部長、小百合先輩」
「こんにちはー理沙ちゃん」
　私が挨拶すると小百合先輩はにっこり微笑み返してくれました。長岡先輩はもぐもぐと口を動かしながら声を出さずに箸を持った手を軽く上げて挨拶代わり。お行儀悪いですよ先輩。
「理沙ちゃんもここでお昼？」
「はい、お邪魔でした？」
「そんなことないわよー、ねぇ？」
　と小百合先輩に尋ねられた長岡先輩はこくんとうなずきました。とは言え私だって不粋な真似をしたくないから５列程離れた席についてお弁当を拡げることにしました。これでもそれなりに気を遣ってるんですよ。（笑）
　お弁当箱の蓋を開けて雅世ちゃんを待ってから食べ始めようかどうか思案していると今まで食べるのに専念していた長岡部長が話し掛けて来ました。
「あー、柿崎。北沢は一緒じゃないのか？」
　相変わらずぶっきらぼうだなぁ。まぁ、これが部長の持ち味で周りから信頼されてるんだけどね。それにしても私と雅世ちゃんはいつもワンセットに見られてるなぁ。一緒に居ることが多いから仕方ないとは言え。
「雅世ちゃんならもうすぐ来ますよ」
「そうか、今日は最初にミーティングやるからとりあえず机はこのままな。北沢や他の１年が来たら言っておいてくれ」
「わかりました」
　練習が始まる前に邪魔にならない様に机を隅に寄せるのは後輩である私達１年の仕事だけど今日はすぐには動かすなってことね。なんて思っていると扉を勢い良く開けて入って来た女子生徒が一人。
「理沙、おっまたせー！　って、失礼しました・・・」
　私だけかと思っていたら先輩たちも居るのに気付いて慌ててぺこりとおじぎするのは雅世ちゃんでした。いつもそそっかしいんだから。
「おう！」は長岡先輩。
「こんにちはー雅世ちゃん」は小百合先輩。
「ばか・・・」は私。
　雅世ちゃんは手にぶら下げた購買の買物の入った袋をゆらせながら肩をすぼめてそろそろと私の席に近付いてきます。
「えへへへ」
　私の隣に座ると袋からサンドイッチを取り出しながら照れ隠しで笑う雅世ちゃんを横目で見つつ先程の部長の指示を伝えます。
「この後ミーティングだから机は動かさないでって」
「ほーい」
　気のない返事をしながらパックの牛乳にストローを刺している雅世ちゃんでした。やれやれ。

　そうこうしているうちに他の部員も集まりだしました。
「それじゃぁ、ミーティング始めるよ」
　教壇の前に立つ長岡部長の声でみんなが前を注目します。
「もうすぐ夏休みになるけど、今年もいつものロッジで合宿をやるのは前にも言った通りだ。で、その日程が決まったんで幹事の池田、詳細をたのむ」
　秋の吹奏楽コンクールに向けて夏休み中に強化合宿をやると以前から聞いてはいたけど、いよいよって感じで私は身を前に乗り出して部長に代わって教壇に上がった池田先輩の声に耳を傾けました。ちなみに池田先輩はチューバ担当で副部長でもあります。見かけはひょろっとしていて一見頼り無さそうだけど実は細々としたことまでしっかりやってしまう凄い人なんです。朴とつな長岡部長とは良いコンビかも。
「日程は今から３週間後の８月に入って最初の月曜から土曜までの５泊６日です」
　池田先輩の話によるとオフシーズンのスキー場のロッジを借り切って合宿場とするのだそうです。ロッジは学園のＯＢが経営しているので格安で借りられるとか。
　山の上の広々とした場所で気兼ねなく楽器を鳴らせるのは爽快だろうなぁ。普段の練習では学園の近所の民家からやかましいと苦情が時々来てると聞いてるのでそれなりに音量は控え目にしてるんですよね。都内の学校ってのはそういう苦労があるんですよ。
　合宿では周りには私達以外はほとんど居ないから夜間の練習もスケジュールに組み込まれていました。一日中練習に明け暮れそう。
「楽しみだねー」
　隣の雅世ちゃんに話し掛けると彼女は呆れた様に言い返して来ました。
「まったくぅ、理沙は子供なんだから」
　それだけは雅世ちゃんに言われたくないよ−。